■NPO法人「神戸定住外国人支援センター」理事長の金宣吉(キムソンギル)氏による「私たちの身近にいる見えにくい外国人――日本に定住する外国人の現状――」と題した講演会には、新入生、上回生、教職員、地域住民の方を合わせて40名以上が参加しました。
■講師の金さんは、神戸生まれの母親と東京・板橋生まれの父親の間に生まれた在日3世です。以下は、金さんの講演内容の要約です。
■金さんが生まれ育った在日朝鮮人ばかりが暮らす長田の町では、冠婚葬祭は荒々しく騒がしいのが普通だったという。子ども時代は、散髪に連れて行かれた「中華の散髪屋さん」や、三宮でよくすれ違った「顔の小さいインド人」が、自分にとっての「外国人」のリアリティだった。
■当時、在日の人たちが置かれた状況は厳しいものだった。仲の良かったマチャキという友達を映画に誘った時のことだ。彼が母親に「映画に行くから20円くれ」と言った瞬間、烈火の如く怒られた。今思い返せば、結核だった彼の父親の薬代を出すために、母親が一日中ミシンを踏んでいたのだった。在日は外国人だから"国民"健康保険には入れない。子ども心に、医療費の違いも分かっていた。それでも、同じ在日の家が30軒ぐらいある中では、そんなに不公平な感じでもなかった。子どもの頃の感覚というのは、得てして相対的なものなのかもしれない。
■最近では百円ショップで韓国姓のハンコが売られるようになったりと、ちょっとした変化を感じつつあるものの、外国人へのステレオタイプなイメージはまだまだきつい状況が続いている。「金さんのお国の韓国は・・・」と言われたりするが、自分のふるさとは間違いなく神戸だし、紅茶コーヒーを好む神戸の文化が、自分には色濃く影響している。そんな金さんが初めて韓国に行った22歳の頃、当時は韓国に行くことは怖いことだと言われる時代だった。今では区別がつかないが、その頃は着るものも靴も日本と韓国では全然違っていたから、向こうに行けば、自分は日本人として扱われることもあった。
■今は金という名前でこの場所に立っているが、自分が生まれた時には違う通称名が付けられていた。通称名は、非常に短い期間、日本が半強制的に行ってきたものだが、戦後、通称名をやめる人はほとんどいなかった。これは昔の話ではなく、現在、日本に暮らすベトナム人の多くが本名ではなく通称名を使っている。なぜそういうことになるのか。ここに見える外国人と見えない外国人という問題がある。
■見える外国人とは白人の外国人のことだ。見た目が違う、言葉が違うということで、日本人が意識している外国人がいる。ところが、神戸に暮らす在日や華僑への関心は希薄だ。たとえば姫路にも国際交流協会というのがある。彼らの仕事は姫路の子どもたちが国際人になることだと言い、姫路の皮革産業を支えているベトナム人には関心が向かない。つまり日本人が見たい外国人しか見ていないことにすら気づいていないのだ。
■日本は現在、日系人を労働力として受け入れているが、それは「日系人は日本文化に適応しやすいから」という理屈が未だにまかり通っているから。在日1世のための介護サービスを提供するために、資料を韓国語に翻訳したいという市の職員は、在日1世が読み書きできない状況に置かれてきたことをまったく理解していない。多文化共生の会議に出れば、18人のうち17人が日本人の血統。そういう状況で、多文化共生を謳えるのか?共生とはとてもデリケートな問題。自分たちは参加しないと言えることを確保することが大事だと考えている。そういうことでなければ少数者の文化を保持できないのではないかと考えている。
■自分たちは今、定住外国人の子弟には高校程度の学力をつけさせることを目標にしている。せめて社会に参加する権利を獲得させたい。大学には外国人子弟の優先枠を作る必要もある。均質な社会ではなく、多様性のある社会を作り、違いを認めるために必要なことだと思う。
■質疑応答
Q:これまで生きてきていやだったことや傷ついたことは?
A:傷つけないでいようと思うこと自体が失礼なこと。知らずに育ってきたから当たり前だが、興味本位でなく知ろうとする姿勢があれば、あとは個人の問題。相手を傷つけないようにいようと思えば、何人同士であっても臆病になってしまうから、そういう必要はないと思う。
Q:サラリーマンをされていた頃、なぜNPOをやろうと思ったのですか?
A:若気の至りで。大学時代、あるサークルに入って、世代交代していく中で、つい自分が手を挙げてしまったようなこともあった。
Q:帰化しようと思ったことはあるか?
A:ない。帰化という前提がおかしい。アメリカ大統領のオバマさんが、日本で生まれていたら彼はケニア人だった。日本の国が、旧植民地出身者を外国人としたから自分は外国人ということになっている。そういう自分がなぜ日本政府にお願いして日本人にしてもらわねばならないのか。帰化という方法でしか日本人になれないということ自体がおかしい。
Q:国際化について思うところを聞かせてほしい
A:国際化という言葉の限界が出てきて、多文化共生という言葉が代わりに出てきたのかもしれない。












